2008/09/12
純粋だった…故「可愛かずみ」の似顔絵−「斉藤慶子」とともに


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ご訪問ありがとうございます。今日の似顔絵は故「可愛かずみ」と同世代で人気の高かった「斉藤慶子」です。
「可愛かずみ」 女優
生存期間 1964年7月9日〜1997年5月9日
出身地 東京都杉並区
元々は芸能界にあまり興味はなく、美容師になるつもりだったが、高校在学中にスカウトを受け、モデルクラブに登録する。
登録後、すぐににっかつの宣伝用ポスターのモデルの話が舞い込むが、それが結局ヌードであった。
この時に渡辺護監督の目に止まり、1982年、にっかつロマンポルノ映画『セーラー服色情飼育』(監督:渡辺護・脚本:小水ガイラ)で芸能界入り。
ロマンポルノ映画出演はこの1作のみだったが、幼さが残るあどけない顔立ちと抜群のスタイルで注目を浴びる。
続いて映画『夜をぶっとばせ』、シブがき隊主演の『ヘッドフォン・ララバイ』に出演。その後すぐにグラビアアイドルとして人気を博し、それ以降はテレビのバラエティーやドラマで活躍。
人気が高まるに連れ、当時抜群の人気であった「美保純」と並ぶ存在に。
グラビア時代の可愛の人気は絶大で、ほぼ毎週と言っていいほど掲載していた雑誌も数誌ある。
また未だに20年以上前であるクラビア時代からの固定ファンがいるといわれている。
ファンだったという芸能人も多く、テレビで公表している者にダウンタウンの松本人志やとんねるずの石橋貴明などがいる。
97年人気絶頂時に自殺。
ファンによる彼女に関するサイトはこちらに。
同世代で人気の高かった「斉藤慶子」と一緒にどうぞ。
